2015.07.10 Fri

第10回記念講演 『まちに人を呼ぶこむためには〜「燕三条 工場の祭典」を例に』

2015年7月3日(金)のテーマは、第10回目を記念して、神保町の魅力を伝えるフリーペーパー「じじ神保町」とのコラボレーションにより、 神保町出身で、人口比で社長の割合が日本一多いところとも言われる、新潟県三条市 國定市長をゲストに、「外から人が来たくなる街の魅力の見つけ方、育て方、PRの方法」についての講演会を実施。

燕三条地域の工場を一斉に解放して、ものづくりの現場を見学・体験できるイベント「工場の祭典」の話を例に、三条市と神保町を比較した貴重なお話もありました。

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新潟県三条市市長 神田神保町出身 國定 勇人(くにさだ いさと)
【 三条と神保町の比較 】
三条市は金物のものづくり、神保町は古本、双方にあるのは地域資源の存在。
金属加工で名を知られる三条市は古くから伝統技術として、刃物、大工道具を製造してきた。現在では自動車部品や、建築金具がメインになってきています。

工場に入れば、当時の神保町に漂う印刷製本の機械的なにおいを思い出すように、金物の鍛冶屋さんと同じ物理的な臭いがするのも類似点。
そして、製造とエンドユーザが同時に集積しているという点は神保町の強みであり、実際に手で感じ取り購入する場の少ない三条とは大きな違いです。

【 街の魅力を伝承するために 】
金属加工産業で誇り高いとされている三条に初めて赴いた際、実はものづくりの街を肌で感じませんでした。
家に工場があることから、住居の安寧を守り、ものづくりのにおいを閉じ込めている。
郊外への移転者も多かった。郊外移転者も増え、日本経済が成長する中で、閉じてしまった三条の工場は、危機的状況。

世代を超えて技術を受け継ぐためにも、子供達へものづくりのDNAをバトンタッチしていく必要がありましたが、かつて神保町で感じた日常の中で現場の職人の姿や技術を目にし、無意識に子子孫孫伝承していくことは、今の三条で無意識には出来なくなっていました。

そこで三条市のアイデンティティであるものづくりを改めて再認識し、ものづくり現場の職人の方々をはじめとする市民に誇りに思って欲しいという思いから、ものづくりのプロセスや工場の様子を体験してもらう「燕三条工場の祭典」を一昨年より開催しました。
自分達が思う以上に周囲の人の認識は低い。
いかに自分達が誇りを持って当事者意識を持ちながら継承を大切にしていけるかが重要です。

【 燕三条工場の祭典で意識したこと 】
67の工場を解放する上で意識したことの一つとして、期間中はどこでもいつでも体験できることです。時間の制約を付けないことで人を多く受け入れました。
二つ目は、工場の目印として、鉄の赤らんだ色と真っ暗な場をイメージしてピンクとグレーピンクのテープを斜めに貼ることで安価にアイコン化を図りました。

これだけ豊かな社会ゆえに人それぞれの価値観があるので、ニッチでディープなファンを大切にすることが、万人受けを目指すより、スピーディに、質のある結果が得られます。
結果、オランダ、イタリアからも注目を集め、見に来る人の賞賛の声によりミラノサローネや伊勢、蔦屋への出店に繋がりました。

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【神保町の今後について】
新たなことに取り組む必要はないのではと思います。
本の街から喫茶店、カレーが普及したのに理由がある様に、自然の流れに合わせて必要なものが発展していけば良い。情報発信能力のあるメディア媒体を活用し、神保町の有名どころのみではなく、よりディープでリアルな神保町を知ってもらうだけでも十分な価値です。

【この街で大規模災害が起きたら】
まず、東京は自立的に呼吸している街ではありません。
最先端の技術を駆使してようやく呼吸ができている、何か歯車が止まってしまったら何処かで窒息し始めると自覚する必要があります。
三条であった2度の水害の際も、都市としての規模は小さいため、互いに支援しあって復活を遂げてきましたが、東京はそうもいかない。

全体で乗り越えようというのは厳しいので、一人一人が自分たちの周りが生き残れるように考えを巡らせる必要があるのではないでしょうか。
今後、都市と地方がつながり、災害に遭ったときに互いに助け合えるパートナーとなることを視野に入れることが大切です。それは地方にとってもメリットになります。
神田界隈の自力を上げるのは勿論、災害対策が出来る町のあり方も考える必要があると思います。

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そして、ここからは会場からの質疑応答に移り、いくつかのやり取りを抜粋します。

【質問:オリンピックを視野にした今後の展望を聞きたい】
他地域では東京ごと、になってしまっている傾向があります。
しかしそれは勿体無いことであり、東京をきっかけに地方へ人を誘致する試みが必要。ロンドンオリンピックの際、ロンドンと別に一つのエリアに足を運んで頂こうというロンドンプラスという試みがありました。しかし、東京のホテルがほぼ満室状態で溢れかえってしまっている現状から、プラス東京の考え方をするのが良いのではないでしょうか。
おもてなしをいかにビジュアル化出来るかが重要。東京も地方も同時に考える必要があると思います。

 

【質問:消費する街 東京であり続けてきたが、今後大企業が地域と手を組んでパートナーとなっていく方法は?】
コンテンツを持っている地方と、伝達する術を持っている企業。タッグを組むメリットは大いにあります。
結びつきさえすれば花開くことができる。例えばオリパラ首長連合では、東京オリンピック・パラリンピックを契機として、企業をはじめ広域的に連携を図り、地域の活性化に向けた取組を進めています。このように、首長連合がプラットフォームとなり、企業から頂いた企画書と手を上げた地域とを結ぶことが出来るようになる。
これは、地域の競争心をそそることもでき、活性化にも繋がっていきます。

 

【質問:地方での地元民をよりよく巻き込むためにどういった試みをされたのか】
共感は求めない方が良いです。5人いれば街は変わる、地道に信念を貫き通すことが、次第に人の琴線に触れるようになっていきます。

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まとめ
この街だから出来ることこの街でしか出来ないことがある様に、神保町の持つアイデンティティを大切にすることが重要であること、そして個々人が当事者意識の元、自分達の街に誇りを持つことが街の力になっていくことがよく理解できました。災害を意識した地域ごとの繋がりの意見も東京に住む私達にとって大変貴重な意見でした。

文:共立女子大学 建築デザイン学科 4年 丸山飛鳥(EDITORY 神保町 インターンスタッフ)

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